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謹賀新年/ぶどう膜炎・眼炎症のこと(1)

あけましておめでとうございます。

良い眼科に育てていけるよう、これからもスタッフ一同頑張っていきたいと思います。

2019年もみなさまにとって素晴らしい年になりますよう祈念いたします。

どうぞよろしくお願いいたします。

2019年元旦

たける眼科

追記:

医師になったあとは長らくぶどう膜炎・眼炎症に情熱を持ち続けています、少しだけ文章を書きました。

ご興味あればお読みくださいませ。

小児喘息を患っていたことから、将来は小児科医になりたいと思いました。医師家系でもなく進学校にいるわけでもないわたしは、どうしたら医師になれるのかが皆目わからない日々でした。入学を許可して頂いた長崎大学と、試験の日々~卒業と国家試験まで一緒に勉強をしてくれた医学部の同級生にはいまでも本当に感謝しています。卒業後1年目は山口大学病院眼科で主に角膜の勉強をしました。秋ごろ“急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)”の患者さんを受け持った経験から、ぶどう膜炎を専門にすることに決めました。2年目九大病院研修医時に留学から帰られたころの園田康平先生に会い、ぶどう膜炎外来で勉強をはじめました。今では生物学的製剤(レミケード・ヒュミラ)でコントロールできる病気になったベーチェット病のぶどう膜炎ですが、当時は発作を起こした患者さんの眼にステロイドの注射をしに休日の九大病院にたびたび出てきた思い出があります。ぶどう膜炎→“免疫学”のわたしの単純な図式から、大学院基礎免疫学を希望し当時の九大眼科石橋達朗教授にあっさりと許可を頂き、九大生体防御医学研究所免疫制御学に入りました。世界的な研究室だったことは入学したあとに気づき、志高いかたがたの中で研究も全くわからないところから頑張ってみました。先生方のご指導によりアメリカ免疫学学会誌へ論文を発表できることが確定的になったころ、九大眼科では園田先生の日本眼科学会評議員指名講演(宿題報告)が決まりました。免疫学と基礎ぶどう膜炎をつなげた研究を多く進めることができ、多くの研究結果を園田先生ご指導で発表することができました。同時に各所より助成金を多く頂き、ボストンへ留学することができました。免疫学で頭がいっぱいになっていた私にとって、ハーバード大学は本当に魅力的なところでした。良いことも多くありましたが、生活も研究も大変な苦労だった思い出です。研究~ボストン生活でもたくさんの人に出会い、いまでも多くのかたと交流できていることは人生の宝物と思うしかありません。帰国後は九大病院に戻り、臨床/研究/教育に携わることになりました。文字通りの微力でも、2人の大学院生の論文執筆と学位取得指導ができた経験が私の宝になりました。その後研究生活に区切りを付け糸島の林眼科分院でひとり医長で診療の幅を広げられた経験も、いま早良区高取商店街で自分の眼科を運営するにあたり大切な宝物になりました。

臨床~基礎免疫学~いままで、眼炎症のことをずっと考えています。眼の病気の多くが炎症を伴うことがわかっています。ステロイドの使い方から様々な眼疾患の考え方にわたり、基礎の免疫学から深く考えた経験が自分を支えていることをいつも実感します。いままでお世話になった先生方とみなさまに本当に感謝しています。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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